うちの家紋は「浅尾工左衛門」という歌舞伎紋

うちの家紋は「丸に工(たくみ)」という単純なデザインなんだけど、これがびっくりすることに家紋の本とか見てもまったく載っていない。
本屋に 4冊くらい並んでいた家紋の本。最後の 1冊にやっと載っているのを見つけた。

歌舞伎役者が使っていたので歌舞伎紋とか役者紋と呼ばれる家紋のひとつ「浅尾工左衛門(あさおくざえもん)」である。

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浅尾工左衛門というのは上方歌舞伎役者の名跡で 6代目まで続いていたようだが、詳しい記録があるのは大正末期の 4代目までのようだ。そのため、使われていた家紋もすっかり世の中から忘れ去られてしまったのか?(^^;、上に書いたように家紋の書籍の中でも載っているのは一冊だけだったという・・・(^^;

俺の結婚式(神前)のときに新しく黒紋付羽織袴を作ったのだが、着物屋に家紋を伝えるのに苦労した。家紋の本の歌舞伎紋の章に「浅尾工左衛門」という家紋名で載っていたのでそのまま伝えたのだが、その店で使っている家紋の本には載っていないということで、結局親父の紋付きを持っていって同じように作ってもらった。

重度のネット依存者は「アホやなあ。ネットで調べれば一発なのに」と思うだろうが、残念ながら今でもネット上にほとんど情報はない。まず、家紋情報を載せているようなサイトでお目にかかったことは一度もない。質問サイトで「丸に工の家紋ってありますか?」「浅尾工左衛門が使ってた家紋ですね」というやり取りを見たくらいだ。
まあ、そもそも情報が必要だったのは 23年前の話で、今とはネット上の情報量もまったく違っていたけどね。

ちなみに歌舞伎紋というのは歌舞伎役者本人の他に、田舎者が役者にあこがれて同じ家紋を使いだしたというケースも多いみたい。
ただ、我が家の本家は古くから祖生の山林王として続いていた家なので、江戸中期に初代が出てきた浅尾工左衛門よりももしかすると歴史は古いかも。家紋が同じなのはたまたまなんだろう(笑)

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コメント(1)

鹿児島県に住む村山というものですが、少なくとも村山姓で何人か丸に工の家紋を確認しています。元々は薩摩の士族です。

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このページは、shinodaが2021年8月14日 14:49に書いたブログ記事です。

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