俺思想の最近のブログ記事

以前のような技術力が日本から失われてしまったとか、政治が腐ってるとか(山口県に住んでると、国政だけじゃなく、県政の場でも某県議一派による自民党腐敗政治を感じることができるしね(笑))、今の日本にも色々問題は山積してるんだけど・・・

やっぱ日本って素晴らしいなあ・・・と思うことがこの土曜日にあった。

雨に降られてちょっと焦ってたんだと思うが、玖珂の八幡下のガソリンスタンドでオートバイ(Ducati Monster)の給油をしたときのこと。俺は 4千数百円のおつりを取り忘れてしまったのだ。
近くのコンビニに寄って支払いをするときに、小銭入れが空っぽだったので気づいた(^^;

20231216_ducati01.jpg
俺はすぐにガソリンスタンドに戻り、ダメ元で「おつり、取り忘れたんですけど・・・」と事務所に声をかけてみた。すると、すぐに中にいたおじいちゃんが「あんた、ラッキーよ。さっき若い女の人が届けてくれたよ」と言うではないか。

レシートを突き合わせ、俺のおつりだということが確認でき、全額無事に俺の手元に戻ってきた。

これ、外国だとありえんよねえ。一般市民がお釣りの取り忘れをネコババせんのってほぼ奇跡でしょう。日本人の「一般的な市民」の倫理観の高さって世界的に見たら異常だと思うよ。(外国人旅行者からもそういうことをよく聞くしね)

もちろん、日本人にだって悪いやつはいる。この玖珂町で言えば、若い頃駅前の公衆電話ボックスに財布を忘れて、十数分後に戻ったら中身だけ抜かれていたことがあったし、車上荒らしにあって財布ごともっていかれたこともある。玖珂町内で。

しかし、俺は何度か財布を落としたことがあるが(^^;;;;、ちゃんと(お金も抜かれず)戻ってきたことのほうが多い。

なんて書くと、「日本人にだって悪いやつはいる」「日本はアジアの他の国を食い物にする悪い国だ」とか必死になって日本を貶めようとするアホが湧き出てきそうだが、それはそう思うやつの性根が「悪人」だから、他のやつもそうに違いないって思ってるだけ。日本を悪く言う日本人に言いたいのは「お前と一緒にするな」ってことだよね(笑)

いや、ほんと、ちゃんと冷静に客観的な目でみれば、日本はまだまだ捨てたものじゃないよ(笑)
昨日、ちょっと Twitter でもつぶやいたんだけど、この事件。

<独自>同性との不倫も「不貞行為」 妻の相手に賠償命令(産経新聞)

どういうことかというと、「嫁さんが、女の知人と肉体関係をもったため、旦那さんが『嫁さんの浮気相手の女』に損害賠償を求めている・・・という話。
旦那さんは嫁さんがレズビアンに興味があることは知っていたが、まさか肉体関係まで結ぶとはとショックを受けた・・・ってことらしい。

で、女の知人は「同性の肉体関係は不貞にあたらない」と主張してたんだけど、裁判所は「女同士だって夫以外の人間と肉体関係もったら不貞」と判断。ただし、慰謝料の額はかなり減額したらしい。

まあ、これ、当たり前のことだと思うんだけど、LGBT 界隈の人(最近はもっと広く LGBTQIA 界隈と言ったほうがいいのかね?)はどう思うんだろう?

まあ、実際には今まさに不貞を働いているゲイやレズビアンは「不貞じゃない!」って言うかもしれないけど、そうではない、ニュートラルに判断できる人は「もちろん不貞だね」って言うんじゃない?

不貞行為の定義は、「配偶者としての貞操義務違反行為(自由な意思に基づいて配偶者以外の者と性的関係を結ぶこと)」だよ?
性的関係結んだんでしょ?

これを、「同性の性的行為はセーフ」ってことにすると、LGBTの理念そのものが揺らがないかい?

俺は、男同士、女同士(ここでいう男、女は肉体的性のことね)の恋愛、結婚(残念ながら、今、法的には認められていないけど)もアリだと思っているし、社会的にも認められるべきだと思っている。そこに、相手を求める気持ち(恋、愛)があれば自然なことだと思うので。

そして、お互いを求めあって体を重ねればそれは肉体関係、性的関係だし(片方だけの思いで行為に及ぶのは性的関係とは言わんでしょ?そういうのは強姦、痴漢)。それを夫、妻のある人間と行えば、「不貞行為」に当てはまる。つまり、気持ちの問題で、肉体的に「男同士」とか「女同士」なんか関係ないやろ?違うの?

なんか、この「同性同士の肉体関係は不貞行為ではない」と言ってる女って、浮気現場を押さえられ、「いや、違うんです。俺、奥さんの身体だけが目当てで。気持ちはまったくないですから。こんにゃくにちんこ突っ込んでるのと同じ感じで。奥さんのこと、好きでもなんでもないですから」と言い訳してる男と同じだよな。

そこに、すごく違和感を覚えた。
まだまだ俺もレズを特別なものと考えているからなんだろうな。いわゆる「社会常識」を超え「女同士」で身体を重ねあうっていうのは、それだけ強い愛情をお互いに持ってるんだろうと思ってたけど、少なくともこの訴えられた女はそんな気持ちは持ってなくて、だから堂々と「不貞行為じゃなかった!」って言い切れるんだろうなあ。遊ばれた奥さんが可哀想。

この女や、それを支持している人たちは、自分たちが「レズ、ゲイに恋愛感情なんかないよ。身体をもとめてるだけ」って言っている自覚があるんだろうか?
サラリーマン時代の先輩が仕事以外の予定がないといって嘆いているのを見て、年末のラジオを思い出した。

RCC中国放送の横山アナが、母親から「近所の目もあるから今年は帰省するな」と言われたので年末年始やることがねぇ~と言っていたのだ。

え?と驚いたのが正直な反応。

やることがないから寝て過ごす?この世に「寝正月」なんてあるの?・・・と(笑)

もう、なんていうか、やりたいことがいっぱいあって、1日は 48時間欲しいし、早く週休 3日になって欲しいし。いや、仕事もじっくり新しいやり方を試してみるための時間も欲しいから、一週間が「月月火水木金金土土土日」くらいなら嬉しいのに・・・と人は皆思っているのかと(笑)。俺だけ?・・・ではないよなあ。最近一緒に釣りしている紳士たちは同じような思いではないかという気がする。

「やることがない」「暇だ」「明日どうやって過ごそう」と思っている人たちには、よく紹介される中国の古い諺を送りたい。

少しの間、幸せになりたかったら酒を飲みなさい。
 三日間、幸せになりたかったら結婚しなさい。
  八日間、幸せになりたかったら豚を殺して食べなさい。
   永遠に、幸せになりたかったら釣りを覚えなさい。

開高健もよくこの諺を持ち出していたな。

釣りはいいぞお。軽く楽しむこともできるし、深みにズボズボにハマることもできるし。
近場に釣りをできる場所がない?そもそもそれが間違い。日本は至るところに、公共交通機関を利用しても、絶対 1時間以内で到達できる良い釣り場があるはず。
海でも川でも湖でもいい。車があれば、山奥から海に出るのだって日本だったら簡単だ。

もちろん釣れれば楽しいし、釣れなきゃ釣れないなりに対策を考えるのが楽しい。仲間がいればボウズ話だって良い酒の肴になるしな(笑)

俺は多趣味で、バイクや自転車、ギターに写真、絵を描いたりDTMで曲作ったり、小説や漫画も他人よりは読むし色々するが、今まで自分の趣味を他人に勧めたことはないし、反対に相談を受けても「知らん」と突き放すくらい「趣味なんて自分自身で見つけるもんだろ」って思ってたけど、本当にやることがないんだったら、それは釣りを始めるといいよ。

特に今は YouTube とか見て「やる場所、揃える道具、釣り方」なんかも簡単に調べられるからな。
俺はバスフィッシングの時代から、釣りにはまったく師匠とか教えを請うた人はいないけど、本読んだり、同じ趣味の人間と情報交換したりして何とかやってた(笑)。今はインターネットがあるからもっと楽だ。

TVの釣り番組は「もともと釣りをやってる人」向けというか、おっさんが専門用語を使って仕掛けの話をしているのを観ても面白くないし、あんまり初心者のためにはならない。YouTube がいいよ。「釣りよかでしょう。」はどれ観ても楽しいし、最近は女性で色々な釣りに挑戦している人もいて、これが俺のような海釣り初心者にはなかなか参考になる(笑)。
「わっさむチャンネル」のわっさむは我らのアイドルだし(笑)、「ポテちんTV」の石鯛を釣る美女・ポテちんは時々ミニスカなコスとかで釣りをして「釣りを性的な目線で見る」という新鮮な喜びを与えてくれる(笑)。

「昔連れて行ってもらったことがあるけど、あまりおもしろくなかった」とか言う人いるけど、自分がなぜそういう道具を使っているのか、どうすれば釣れるのかもよくわからないまま長時間知らない場所でぼーっとしてたら、そりゃ面白くないだろう(笑)
「人に連れて行ってもらって」一番おもしろくないものが「釣り」だと思うね。反対に、自分で考えて道具を用意して、自分で(釣れる場所、時間を調べて)釣り場所に出向いて釣りをすれば、これほど楽しいものもない。

それでも「いや、釣りは・・・」という人は、酒でも飲んで、少しの間幸せになったらいいんじゃないかな?(笑)
なんか世の中、秋篠宮殿下が眞子様と(今や朝敵とまで言われる(笑))小室君の結婚を認めたということで悲観したり、喜んだり、色々騒がしく発言している人が多いけど、まとめてアホかと思いますな。

俺は秋篠宮殿下とは同い年で(俺のことも殿下と呼んでほしい。いや、もう、自分で呼ぶ)、俺殿下は秋篠宮殿下と同じ時代を生きてきた。だからわかる。とってもよくわかる。俺殿下には、秋篠宮殿下の父親として苦渋の思いが。

秋篠宮殿下は、「国民の象徴」たる天皇の血族として「国民と同じ人間であろうとされてきた」人だ。

同じ状況下で俺たちがどうするかを考えれば秋篠宮殿下がどうされるかも予想できる。別に俺殿下が偉ぶって言ってるのではない。秋篠宮殿下は「俺たちが想像できる普通の人間の行動」を取ろうとされ続けてきた。だから俺たちにも想像ができるのだ。

俺たちだって、娘が変な男連れてきても、結局二人の結婚を認めるしかないだろ?娘の気持ちが変わらなきゃ。

相手の親が借金を平気で踏み倒したり、借りた金で(本人はもらったと主張)海外旅行に行ったり、息子のことで見栄を張ったり、身分不相応に金使いの粗いだらしない人間ってわかってて、しかもそれが息子の結婚に障害になっても「このお金はもらったものです。絶対に返しません!!返すもんか!!私の金だ!」という態度を変えない。もしかしたら母親本人の考えではなく、息子が「ママン、大丈夫だよ。返す必要ないよ。あの子は俺に惚れてるんだから、どうせ相手の親も認めざるを得ないよ」とか言った末の対応かもしれない。そんな悪いやつらであろうと。

それでも俺たちは娘の結婚を認めるしかない。そういう時代なんだ。

「なんであんな糞みたいなやつらが天皇家の親せきに」と嘆いだり、「やった!ほら、天皇家たって法律には逆らえないんだよ。ネトウヨ乙~」と喜んだり、どっちも馬鹿丸出しだ。

ただただ当たり前のこと。そういう時代なんだ。

そして、娘の結婚を認めても、相手の家族と関係を持つかどうかは、今度はこっちの勝手。娘が泣きついてきても、そんなん知らんがな。結婚できるんだからそれで満足せえよ。結婚は二人の問題。お前は「家」と結婚するんじゃない!・・・と言いたい(笑)。
お前は小室君個人と結婚するんだ。親どおしの交流なんか知ったことかよ!であり、実際に秋篠宮殿下も佳子さまもその態度を貫かれている。「あ、私たちは小室君のこと信用してないんで、会いに来たり、勝手に家に上げたりしないでね。あと、あなたたちの生活を支援してあげるつもりないから」と。それはお二人の勝手、自由だ。

そんなお二人を責める資格のある者もいない。それだけのことなのである。そういう時代なのだ。

それは、批判とか称賛の対象になるものではない。一人の日本人(の象徴)としてただただ当たり前の行動なのである。わかりきっていたことだ。
高森みどり中学・高森高校合祭文化の部(いわゆる文化祭)では、中学生の学年対抗合唱コンクールのあとで、PTA有志(保護者、保護者OB、教職員)による合唱の披露がある。
JRC部による歌詞の手話通訳も毎年の恒例である。

俺は歌が苦手なのと、広島まで通っているので平日夕方の練習に一切参加できないため合唱は遠慮してたのだが、昨年はついにステージの上に。

もちろん口パクで(笑)

なんだよ、口パクかよっと思った人に言いたいが、歌に合わせて口パクするのはかなり厳しい。
きちんと歌の構成など把握してないとまず無理である。
昨年は知ってる曲だったし、最初から最後まで、男女パートの構成が一緒だったから何とかなった。

20190831_gassyou.JPG今年の合唱曲は「第86回NHK全国学校音楽コンクール」中学校の部 課題曲だった、SHISHAMOの「君の隣にいたいから」であった。

昨年同様、当日の朝になって曲を聴いた。
「こりゃ無理だ」とすぐに思った(^^;;

例えば、女性パートだけが歌い、男性パートは休みとか、そんな感じで男女で全然構成が違うやん。本当の合唱曲だ(笑)
楽譜も読めないので、これでは口パクすらできない。

ええ。当日はずっと客席に居て、合唱団の集合場所には行きませんでした(^^;;
バッくれました(^^;;
いや、逃げ隠れはしませんよ。客席からステージの上の面々に、堂々と満面の笑みで手を振りました(笑)
「はよ、ステージに上がれ」とジェスチャーで促されましたが、無理、無理(^^;

今まで、例えば少年野球の練習で球を怖がる息子には「逃げるな。自分で克服しようという気持ちでチャレンジしなければ前には進めない。死ぬ気でやれ」という指導をしてきた俺ですが、今後は「克服できそうにないと判断した困難からは、無理せず逃げ出してもいいんだよ」という方向に指導を転換したいと思います(笑)
俺は小学校(まあ、中学校でも一緒だけど)での「プログラミング教育」というものには反対の立場だ。

理由は「意味がないから」。
そんなことをする暇があれば、もっと他の勉強に時間を割いてほしい。
計算問題でもやらせたほうがよっぽど良いわ。

多分、この業界の中では反対している人の方が多いと思う。

この業界にいて、なおかつ賛成している人は、多分授業内容を誤解しているんだろう。何らかの言語を使ってぐりぐりコーディングをすると思っていて「それなら俺、家で子供に教えて、父さんすごいとか言われるから賛成」なんて言ってる人がいたが誤解です(笑)
将来スーパープログラマになれる「素養」を育てるような教育じゃないんやで(笑)

TVニュースで見たけど、GUI で「右に行く」とか「止まる」みたいな命令がブロックになってるのを組み合わせてロボットを動かすとか、そういうしょうもない内容やったで。

アホじゃないの?(笑)

文部科学省のサイトに、「小学校段階におけるプログラミング教育の在り方について(議論の取りまとめ)」という文書が掲載されているが、「プログラミング教育在りき」で書かれた感満載で、なんか色々強引すぎて失笑しかおきない。

この中で、「これからの時代に求められる資質・能力とは」という章があり、

(1)情報を読み解く
(2)情報技術を手段として使いこなしながら、論理的・創造的に思考して課題を発見・解決し、新たな価値を創造する
(3)感性を働かせながら、よりよい社会や人生の在り方について考え、学んだことを生かそうとする

という 3つのものが上げられていたが、これがなんで「プログラミング教育」というもので身につくと思った?

てか、「情報処理能力」や「創造性」を育てる教育には賛成だが、それがなんで「プログラミング教育」と名付けられたんだ?プログラミングをするわけでもないのに。
いや、ブロックを組み合わせてのプログラミングというのももちろんプログラミングの一種なんだけど、それってこの教育の中のごく一部で、プログラミングを主体とした教育ではないだろう?

反対に俺は、高校 2年生くらいで、HTML5 + JavaScript あたりを使って「職業選択のための体験」「職業訓練的学習」という意味でプログラミング教育(本物のね)をするのはありだと思ってるで。

学校にそういうのができる先生がいなかったら、ぜひ私めが講師をしますのでお声がけください(笑)

あ、もちろん有償で :-P

話がずれたけど、小学校での「プログラミング教育」なんて、裏っ側に金の臭いしかせんのやけど。悪い役人、政治家、業者が結託してそう(^^;
ほんま、そういう無駄なことに時間を使うのなら、しっかり「読み書き計算」を教えてほしいわ。

ま、そもそも「プログラミング教育」という名前が内容と合ってないのが一番の問題なんだけどな(笑)
前回のエントリーで「酒を他人に無理強いするのは、お前の無能さの現れなんだからやめておけ」という話を書いた。
これには 1%の例外もない。酒を部下や後輩に無理強いするヤツは 100%無能である。常識も無いし、酒の力を借りなければビジネスもコミュニケーションもまともに成果をあげられないということを自白してるわけだからな。この無能め!これは、町の土建屋の社長でも、電通の部長でも一緒。全員無能。

あ、ちょっと話が横にそれるけど、「宴会を開く」ことは悪いことじゃないと思うよ。

例えばあるチームを立ち上げた時、短時間にメンバー間のコミュニケーションを深める場として「宴会」は有効だ。こういうのに参加したがらないヤツがいるけど、それは参加するべきだ。お前が参加しないことで、他の人はお前との少ないやり取りの中でお前という人間を理解していく苦労をすることになるわけだから。
会議と一緒だ。半強制的に参加させてもいい。ただし、酒を飲まない、飲めない人間への配慮はちゃんとするべき・・・ということである。

で、話を戻すが、そういう「自分自身の無能を晒すことになるんだから、無理強いはやめておけ」という「お前自身のために」的なことの他にもうひとつ。「相手を不幸にするから、無理強いはやめておけ」という理由がある。

流石に「肝臓に色々見つかりまして。アルコールは一滴も駄目って言われてるんです」とまで言えば酒をすすめる人間はほぼいないが、ここまで相手に言わせることはプライバシーの侵害である。
ここまで説明させなくても、相手が「医者に止められてまして」と言ったらそこで酒をすすめるのはやめろ。そこから更に「なんで?」と聞くのは、本当に卑しい人間だ。

それに、「医者に止められている」その理由が、アルコール中毒によるものかもしれない。
なかなか宴会の場で「実は私はアル中で」なんて言えない。
だからアル中患者はたいがい「ちょっと医者に止められてまして」とか「家族から止められてまして」くらいの表現で酒を断る。それを理解して、相手が「止められてまして」と言えば一切飲酒をすすめない・・・これがまともな大人の行動だ。

でも、そもそも今時他人に飲酒を強要しているヤツなんて、揃いも揃って馬鹿ばかりだから、「アルコール依存症」、いわゆるアル中への理解も乏しいんだろうな。

多分、肝臓の問題ではなく、アル中だから酒を止めていると聞いた馬鹿ジジィは、「なんだ、アル中か。肝臓でも壊しているのかと思った。だったら今日だけ、いや、一杯だけなら大丈夫だろう。乾杯のビールだけでも呑みなさい。それからまたキッチリやめればいい」となるのだ。

愚かすぎて泪が出てくる。

アル中は、アル中と診断されたら、あとは「一生、一滴の酒も飲まず生きていく」しかないのだ。「滴度な量の酒」も駄目。「一滴も飲まない」以外の選択肢はないのである。
それを知らない無知なジジィや上司が「一杯だけならいいだろう」と酒をすすめるのである。アル中患者に。
一滴でもアルコールを身体に入れたアル中患者は、ほぼ全てが「再び連続飲酒」の地獄に戻っていく。

アル中を「毎日酒を呑む、酒好きな人」程度に認識している馬鹿が多すぎる。
アル中患者とは、

    • 一度飲み始めたら、気を失うなど、限界まで飲み続ける(連続飲酒)。
    • クスリや煙草の依存症は身体の病気だが、アル中は心の病気なので一生完治しない。死ぬまで「飲酒衝動」と戦い続けないといけない。
    • 酒を抑制する薬やカウンセリングに頼らないと、一度連続飲酒が始まったら本人の意思ではどうにもならない。

というものだ。「まあ、一杯くらいいいだろう」とお前が飲ませた一杯のビールのせいで、その夜から、そのアル中患者は再び毎晩失禁、時には脱糞して気を失うまで酒を飲み続ける。地獄の日々が再開するのだ。

「いや、だから、それって本人の意思次第だろ?意思が弱いから連続飲酒してしまうんだろ?」と言ったお前、本当に無知を恥じろ。アル中は心の病だと言っただろう。厳密に言えば脳の分泌物異常とかなんだろうが、「うつ病」などと同じ「心の病」なのである。ニコ中やヤク中とは根本的に「依存原因」が違うのである。

20171117_sake.JPG馬鹿なお前だって、「うつ病」が自分の意思で治せるものじゃないってことくらい知っているだろう?「うつ病」は治ったように見えても、それは「小康状態」にあるだけで、いつでも再発する危険がある。アル中も同じなのだ。意思が強かろうが関係ないのである。もう一度言うが、「意思の力で完治する」ニコ中やヤク中とは違うのだ。

煙草や覚醒剤がやめられない人間に「お前は意思が弱い」というのは正解だ。意思が弱い以外に「やめられない」理由はないからだ。
例えば煙草を止めた人間に、一本だけ煙草を吸わせても再びすぐに喫煙習慣が復活することはない。身体の問題なので、「再び依存症になる量」というのがあるのだ。
アル中は違う。例えば連続したストレスがなくても、何気ないたった一言で再び「うつ病」が再発するように、アル中は「たった一杯」、いや、本当に「楽しそうに呑んでる同僚の姿と酒の匂い」だけでも再発してしまうものなのだ。

そんな病気を、アル中患者は抗酒剤を飲んだり断酒会に参加したりして、必死で抑えているのだ。その努力を無にするのが「たった一杯の酒」なのである。

ここまで説明しても、まだ「でも一杯くらいなら」と思っている馬鹿なジジィや駄目部長がいるのはわかる。

「アル中はうつ病と同じ心の病」「うつ病を自分でコントロールできないように、アル中患者も自分で飲酒衝動を抑制することはできない(病気であって、自分の「意思の強さ」は関係ない)」「アル中患者に適正な飲酒量というものは無い」という説明で理解できないってことは、お前は「うつ病」などの心の病に対してもまったく無理解で、「あいつの心が弱いせいだ」とか頓珍漢な差別ばかりしてるんだろうなあ。

一回、アル中になってみたら?
これから年末年始にかけて酒を呑む機会は増えるだろう。
今でもそれなりの大きな企業であれば、昔ながらの部署総出での忘年会なども開かれているだろうし、近頃の若者の大多数である「上司と酒を呑むのは遠慮しときます」という若手社員も半強制的に参加させられたりしてそうだな。

そういう時、もう随分昔から言われている「酒が飲めない人間に無理やり酒をすすめるな」という常識を未だに守れない駄目上司も多い。
特に、酒の席でいやがる部下・後輩に無理やり酒を飲ませることでしか優越感を得られないような無能な年寄りにこういう輩は多い。

20171119_sake.JPGそう。はっきり言って、他人に酒をすすめるヤツは無能な馬鹿ばかりです。
まともなインテリジェンスの持ち主は、どれだけ自身が酒好きであっても、決して他人に飲酒を無理強いなどしない。
「酒くらい飲めないと」とか「上司がすすめる酒はもらっとけ」とか、そんなのはもう時代遅れだし、本当のビジネスマンは「酒などなくても大きな商談をまとめる」ものである。「接待」が必要な時点で己の無能さを自覚するべきだし、「接待」を期待している側の人間は、その自分の卑しい根性を恥ずべきである。「接待」はどの方向から見ても「悪」でしかない。

「酒を酌み交わしたら仲を深めることができる」というのは真実だ。ただし、これはお互いがのんべえ同士の場合に限る。酒が苦手であったり、理由があって酒が飲めない人間とは他にいくらでも仲を深める手段はある。
例えば俺も、自他共に認めるのんべえだけど、仕事がらみの中年男子とコーヒーとケーキで何時間も話し込み、それまで職場でも仕事関係の会話以外一切しなかったのに、趣味の会話などもするほどに仲良くなったこともある。
コミュニケーションに酒など不要なのだ。酒好き同士なら「呑みニケーション」をすればいいだけのこと。

だから「酒くらい飲めないと」などという世の理など存在しないのだ。

飲み屋で「あ、ボクはもう」と酒を断る部下に「もう一杯くらい付き合え」「このくらい男なら飲めないと駄目」みたいなことを言って飲酒を無理強いしている「たまたま運がよくて部長になっただけの無能サラリーマン」は反省をするべきだ。
このエントリーを見て、「お前は何もわかっちゃいない!」とか怒っている爺さんがいるとしたら、お前こそ何十年も生きてきて、何も学んでいない馬鹿だな・・・とお応えしよう。

酒は自分自身で楽しみましょう。
そう言えばちょっと前に、ネットで「都会と田舎はどっちが住みやすいか」みたいな話があって、ネット民は「世の中の人は田舎が好き」だと思ってて、その多数意見への(実際は田舎好きが多数派とは思わんが)アンチテーゼなのか、はたまたネット民は実社会でのコミュ障持ちが多いイメージなんで(だって、そう思うんだもの。すまんな(笑))、彼らが田舎で経験した疎外感(本人のコミュ障が一番の原因だと思うけど)なんかへの怒りなのか、田舎生活をボロクソに言うよね。

ちなみに俺は田舎に住んでるけど、住みやすさ、毎日の楽しさで言えば「断然都会の勝ち」だと思ってる。
田舎の方が都会よりすぐれてる点なんか少数だよ。

田舎は都会に比べると「厳しく」「楽しくない」場所だ。はっきり言って、田舎にネット民のような弱者が来ても生きていけません。近所のじいさんに陰口を言われたくらいですぐメンタルが壊れたり、手厚い行政サービスは受けられないから身の回りの公共設備(道路とか用水路とか)は自分たちで清掃等の共同作業を行う必要があるんだけど、そういう作業の時、知らないじいさん、ばあさんたちの群れに入っていくことの出来ないメンタルの弱い人とか、そういう人は田舎では生きていけんよ。
当たり前じゃない。弱いんだから、生物的に。

そういう弱い人間でも生きていける場所が東京や大阪といった大都会。
はっきり言って、馬鹿でも仕事は見つかるし、仕事がなくても新鮮な「生ゴミ」がどこでも手に入るから死にはしない。公園も多いから野宿もし易い。実際、田舎で食えない人間は皆東京に流れるでしょ?

別に自慢するわけじゃないけど、俺みたいに岩国に住んでフリーのプログラマをやりながら、嫁さんと子供 3人を養っていくためには、それなりの技術力と、それなりのコミュニケーション能力が必要。
はっきり言って、ネット上で「田舎の人間は云々」とか「自治会の集まりに強制的に参加させられて云々」とか言うてる「田舎で挫折したやつら」はそういう能力が無かった弱者なわけ。
だから東京や大阪(及びその近郊の大都市)に逃げて、そこから田舎を馬鹿にする発言をしてなんとかアイデンティティを保っている弱者なわけよ。
だって、俺も東京に知り合い一杯いるけど、田舎でもやっていける人はそもそも「田舎の人間は云々」みたいなことを言わんもん(笑)

20171111_Alfheim1.JPGあ、誤解してほしくないが、「都会より田舎が良い」と言うてるわけではないよ。
冒頭の方で書いたように、「どっちが良いかって言ったら、都会の方が断然良いに決まってんじゃん。便利だし」ということ。
そもそも、「都会 vs 田舎」という考え方がおかしい。都会の方が良いにきまっている。でも、何らかの理由(俺は広い家を建てたかったので、20数年ぶりに広島から岩国に帰った)で田舎に流れざるを得ない人がいるってだけの話。基本は「都会で自分の望むスタイルで生きていけるんなら都会を出る必要無し」ですよ。
で、そうした田舎に流れた人間の中で、「田舎でも仕事を見つけ、周りの人間とも(もちろん田舎だって人間付き合いは表面だけで、別に都会に較べて濃いわけでもなんでもないよ)上手くコミュニケーションをとれる」人間として優秀な者は田舎で暮らし、そこから更に落ちこぼれた人間が都会に帰って田舎の悪口を言うってだけの話。

と、長々話してきて、何が言いたかったのかと言うと、「田舎って、やっぱ俺みたいなたいして稼いでない者でもそこそこの広さの土地が手に入れられるから、こうして庭にアルフェイムを立てて、ストーブの位置調整とか休日に出来るんやで」ってこと(笑)

広島に住んでた時には出来んかった、こんな楽しいこと。最初はコーポで庭なんかなかったし、その後移った一軒家も庭狭かったし(^^;

もちろん都会でこういうことが出来る金持ちもおるじゃろうけど、とりあえず「田舎さいこー!」と言わせていただく(笑)
今日、一番勉強になったこと。

「にくづき」という部首の「月」は単漢字の「月」ではなく「肉」の象形で、だから「肺」や「肝臓」など「臓物」の名前として使われている。

最近名前に使いたいと人気の「胱」は「月+光」ではなく「肉+光」であり、尿袋を現す「膀胱」に使われる漢字である。同じように名前に使いたいという人が増えている「腥」も「月+星」ではなく「肉+星」であり、全然ロマンチックではない。しかも「腥」は「生臭い」という意味の漢字である。

例えば女の子に「胱」という名前をつけ「あかり」なんて読ませても、学校では絶対「やーい、ションベン袋、尿袋」っていじめられるな(^^; いじめは絶対駄目だけど、この場合半分以上は親の責任だな(^^;

この二文字は今は人名で使える漢字(常用漢字+人名用漢字)に含まれていないため悲劇を回避出来ているが、漫画なんかで使われる日も近い気がする(^^;

漫画といえば、中高生に「ハイティーン・ブギ」って作品が人気だったころ、主人公の名前「翔(しょう)」は人名で使える漢字に入ってなくて、何人ものヤンキー少女が「息子が生まれたら使いたかったのにぃ」と悶絶して悔しがったものだ。

今は「翔」の文字は使えるようになっている。今、50~60歳くらいの元ヤンのお母さんたちには悔しい想いをしている人も多いだろう(笑)

<参考>

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