子供たちのことの最近のブログ記事

いや、ほんま、マスクを着けたままの活動は大変なのよね。大変な思いをしたことがないというのはお前の怠慢だ!!・・・と世間に喧嘩を売りつつ、いかにマスクが危険かの話を書いていこう(笑)

もう、4/8(水)のことだが、うちの子供が通う中高一貫校の入学式で PTA 役員として祝辞を読んできた。

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この日は、コロナ禍のために「保護者は各家庭からひとりだけ参加可能」「来賓祝辞(挨拶)はPTA会長のみ」「体育館の入り口、窓などは換気のためフルオープンで」など、色々と制約のある式だった。いや、ついでに PTA会長のあいさつも省いていただいてけっこうだったんだけど・・・(^^;

俺の前に式辞を読まれた校長先生がマスクをされていたので(これは、その後「新入生代表宣誓」で向き合うことになる生徒への校長先生の気遣いだったのだが、そうとは知らず(^^;)、「お、登壇するときもマスクを着けといたほうがええんやな」と勝手に判断し、マスクをしたまま祝辞を読んだのだが・・・

死ぬね、あれは(^^;

最初はいつもと変わらず調子がよかったんだけど、ポイント、ポイントで、ちょっと力を入れて声を出したあとは、吐き出した分の酸素は戻って来ず(^^;
マスクで遮られてるうぅ。

こうなってくると悪循環で、だんだんと肺の中の手持ちの空気は減っていく(^^;
落ち着いて深呼吸すればいいんだろうが、なんか焦っちゃって、さっさと話し終えれば良いと思いそのまま突っ走る。そうすると声も震えだし・・・。来賓席で聞いていた副会長に「感極まって泣いてたね」と言われる始末(^^; 泣いてないわ。死にかけてただけや(笑)

というわけで、マスクをして祝辞を読むのはやめましょう。

そうそう。今回の祝辞のウケ狙いポイントは「ジャマイカのレゲエ歌手、ボブ・マーリーさんの言葉に・・・」という部分で、「なんでボブ・マーリーやねん!」というツッコミを期待していたのだが、保護者の方(約1名)に「心に染みました」と褒められてしまった(笑)

いや、褒めていただいたのは嬉しいんですけど・・・違うんです(^^;
小学校の育友会長(PTA会長)、中・高校のPTA会長とやってきて、ずっと入学式・卒業式の式辞は手書きだった。
いや、字は下手です。ただ、うちに式辞用紙を印刷できるようなプリンタがなかったのよね。カセット給紙式のプリンタしかなかったのだ。

んが、昨年秋。スポーツ大会での記録入力の仕事を請けたとき、賞状等を現場ですぐに印刷するために EPSON PX-S05W というトレイ給紙式のインクジェットプリンターを購入したのである。

これで、式辞が印刷できるようになった。手書きより絶対楽や!!と喜び、早速今年の高校の卒業式の祝辞から導入してみたのだが・・・苦労した(^^;
高校卒業式の祝辞など、結局うまく印刷できなくて、手書きと印刷のハイブリッド型になってしまった(^^;

印刷に使用したのは、株式会社マルアイの「式辞用紙 インクジェットプリンタ対応 210x470mm GP-シシ10」である。錦帯橋の近くの文具屋「勉強堂」で購入した。テンプレートをマルアイのサイトからダウンロードすることができる。俺は「ひな形(4枚用)」(s016.doc)を早速落としてきた。

ひな形は、文章を書くスペースが 6つのブロックに分かれており、それぞれのブロックに 5行ずつ文章を書いていく。ブロックの間が、ちょうど用紙の折り目になっているのだ。それぞれのブロックは独立しているので、文章を自分で 5行ごとに切って貼り付けていく。
なんかメーカーが提供してくれるテンプレートとしては随分原始的だが、まあ、俺自身 Word にはあまり詳しくなくて、「5行目で、折り目分の空白(あるいは改行)を自動で挿入する」方法はわからないので仕方ない(^^;

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で、結局、問題だったのは「プリンタで設定できる印刷範囲」である。

例えば、トレー給紙式のプリンタは横幅の制限はあるが、縦方向には巻紙でも使えば延々に印刷できると誤解している人もいるだろう。
しかし、実際にはプリンタごとに印刷できる「1ページあたりの縦幅(高さ)」には制限がある。メモリの問題だったり、ファイル形式の問題だったり、理由は色々あるのだろうが、縦方向に無限に印刷できるプリンタというのは存在しない・・・んじゃないかな?

EPSON PX-S05W の高さ制限は 355.6mm だ。しかし、用紙の大きさは 470mm である。
落としてきたテンプレート一杯に文章を入力すると、(用紙のセット方向の関係で、式辞用紙の左から印刷していくことになるので)右の方の 1.5ブロック分くらいが印刷されない。
Word 上ではユーザ指定の用紙サイズとして 470mm まで入力できるので、最初なぜそうなるのか気づかず(一応、プリンタで「用紙サイズが設定と違います」とか出るんだけど、まあ、特殊なサイズの用紙を使うんでそんなもんかなと(^^;)、結局時間切れで、上に書いたように印刷されてない部分は手書きで補填した「手書きと印刷のハイブリッド型」になってしまった(笑)

これ、テンプレートの右 2つのブロックは捨てる(使わない)ことで解決したんだけど、用紙の 1/3 は捨てちゃうので、随分贅沢な話(^^;。 昨日の入学式の祝辞はけっこう長文だったので、用紙が足りなくなってしまった(^^;;
結局、切り取った 1/3 の部分をまた切り貼りして 1枚の用紙を作り、なんとか出し切ったという・・・(^^;

なので、昨日の式辞用紙は妙にゴワゴワだった(^^;;;
3/19に娘の卒業式があり、これで 14年間途切れることなく続いた小学生の保護者の役目も終了。親にとっても小学校からの卒業である。

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しかし、まあ、節目節目の年になにかが起こる楽しい(?)14年間ではあった。

次男坊が卒業する年に祖生東小学校が廃校になり、祖生西小学校と一緒になって「そお小学校」が開校した。
次男坊が祖生東小学校の最後の卒業生であり、娘がそお小学校の最初の入学生だった。

そお小学校命名時のごたごたはこのブログでも書いた。あわや世代間断絶を生みかねない騒動だったが、地元の市会議員さんからも「気持ちはわかるが、そう怒るな」などと諌められ、なんとか開校にこぎつけた。
まったくもう、あのときの教育委員会の・・・まあ、もうやめておこう(笑)

そお小学校では、初代育友会長(PTA会長)をやった。
「西小の校舎を使うんだから、そお小学校の最初の育友会長は東小から出せ」みたいな地区の上の方のおじいさんたちの政治的なあれこれがあったようで(笑)、東小で副会長をやっていた俺に話が来た。

前年の東小、西小の会長をしていたT君やY君もバックアップしてくれるというし、実際、勝手知らない西小の校舎で、しかも人数の少ない元東小の保護者は肩身の狭い思いをする恐れもあったので引き受けた。
うまく東小、西小の保護者を結び付けられたかはわからない。実際、2年間会長している間、「西小の親は・・・」とか「東小の子は・・・」みたいな言葉も耳に入ってきた。

でも、俺個人的には保護者仲間が増えたのは楽しかった。一緒に酒飲む仲間が増えたわけで(笑)。元西、元東は関係なく、アルコールの匂いのするところには顔を出し楽しく過ごした。酒飲まない人へのフォローが足らなかったのは本当なので、そこのところは申し訳なかった(笑)

開校から 6年。今では「東が」「西が」なんて言葉を聞くこともほとんど無い。

そして、娘の卒業式の「コロナウィルス騒ぎ」である(^^;
在校生の送辞がなくなったり、来賓が育友会長のSバタ君だけになったり、少し簡略化したところはあったが、あまりそういう部分を感じさせることのない良い卒業式だった。これもまた娘たちの良い思い出になるだろう。

あ、長男坊の話が出ていない(笑)

同級生が何十人もいた広島のマンモス幼稚園から、同級生が数名の祖生東小学校に入学した長男が、入学式の日にひとりで教室の椅子に座り(俺らが一番最初に登校したのよ)、小学校に入学する嬉しさと緊張の混ざりあった顔で、じっと黒板を見つめていた姿は今でもよく思い出す。田舎につれてきて申し訳無いって気持ちも正直あったし(^^;、友達できるのかな?とか。
しかし、そんな親の心配を他所に、長男坊は凛とした姿でただ前を向いていた。

そして今思うのだ。「小学校低学年の頃は誰もが可愛い」・・・と(笑)
この二枚は俺が 6~7年前に書いた絵。

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一枚目は主人公の女の子。ラプンツェル?
二枚目はラプンツェルの恋人?名前はまったく思い出せない(笑)

まだ小学校へ上がる前の娘と一緒に「ラプンツェル」の DVD を見ながら、娘にねだられて書いた絵だ。

DVD を見ながら走り書きみたいに描いた絵なのと、これ以降、「ラプンツェル」を見たことは一度も無いので、この絵がどの程度ちゃんと描けているかはまったくわからないのだけど、娘がすごく喜んでくれたのは覚えているので、それなりに雰囲気は出てるんじゃないか???

で、これがその時娘が「私も描く」と言って描いたラプンツェルである。

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ひどい(笑)
いや、未就学児童なんでしょうがないという気もするが、俺は保育園児だった頃から、生き物なんか描いたら「まるで生きているみたいね」って絶賛されるような子だったので、それと比べるとやはり「ひどい」と言うしかない(笑)

しかし娘は自分の絵の実力に微塵の疑いももたず、いつもいつも暇さえあれば絵を描いていた。同じく絵を描くのが好きな姪っ子と、一緒に遊ぶことと言えば絵を描くことだった。

で、この間、娘がノートに走り書きしている絵を見て驚いた。随分上手くなってるなあ。
小学校低学年の頃はまだまだ下手で「あれほど毎日描いているのにこの程度とは、おふくろから受け継いだ絵の才能は、娘には伝わらなかったなあ」とか思ってたんだけど、そこそこの絵になってるやん。

好きこそ物の上手なれやなあ。

絵は、反復練習。好きな絵を何度も何度も模写するのが結局一番の上達の近道。娘はひたすら自分が好きなアニメやゲームの主人公の絵を模写し、それ以外の絵も上手くなったという感じだな。

反対に、最近まったく絵を描かない俺の腕は年々衰えていく。上のラプンツェルの絵も、高校生とか、20代の頃の絵と比べると相当ひどい。若い頃だったらもっと良い物が描けただろう。

やっぱ、絵は毎日描いてないと駄目やねえ。
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昨日の朝、嫁さんと一緒に朝食を作っていると、「さわやかモーニング」(朝の山口県ローカルニュース番組)が流れているTVから「岩国れんこん」という言葉が聞こえてきた。
「岩国のニュースかな?」と顔を上げると、高校生が地元の食材で作ったスイーツをスーパーで販売したというニュースだった。

「そういえば、高森高校の家庭クラブが作ったクッキーを100周年記念式典の時にいただいたなあ。あれも地元の食材が入ってて美味かったな。最近はどこの高校でも同じようなことをするんだなあ」と見ていると、まさに、その高森高校家庭クラブのニュースであった(笑)

ありゃ?と思いググってみると、2/14の山口新聞で地元企業と一緒にローカルスイーツ開発をしていることが記事になっていたようだ。その中に「15日にアルク玖珂店で実際に販売する」とある。
そうか、「さわやかモーニング」が取材したのはそれやな。

いいぞ、いいぞ、高森高校家庭クラブ!
科学パソコン部なき後、森高を支えていくのは君たちだ!
先日、高校の先輩である教育委員会のKさんから「会長なんじゃけえ、たまにはパトロールに同行しんさいよ」と小言?アドバイス?指導?をいただいたので(^^;、毎月第4土曜日に行われている、岩国西幹部交番から高森駅までの安全パトロール?いや防犯パトロール?とにかく通学路のパトロールに同行した。

警察から二名、ボランティアの方二名、それに周東中学校からK先生。高森みどり中学・高森高校PTAから俺という総勢 6名でのパトロールであった。もっと学校から多く参加してるのかと思ってた。まあ、雨も振りそうだったので(というか、高森駅に着いたら降り出した)そのせいかな・・・と思うことにしよう(笑)

一部は高森みどり中学・高森高校の通学路にもなっているが、何年か前は、その途中に不良少年たちがたむろしていたり、色々問題があったようだ。しかし、今はいたって平和であると事前に聞いていた。実際、平和だった(笑)

一応、おかしなことがないかキョロキョロと周りを見つつ、久しぶりにお会いした(チラチラとお姿をお見かけすることはあったが、ちゃんと話をするのは 6年ぶり(^^;)K先生に長男坊の近況報告をする。長男坊が周中野球部だったときの顧問の先生なのだ。

長男坊たちの学年は野球部員が 4人しかいなくて(この年は、隣の玖珂中も少なかったんだよな。女の子がキャプテンで頑張ってたもんな)、しかも次の学年も 6人しかおらず、当時は 10人いないと試合に出れなかったので、怪我や病気をすることもできず(いや、骨折った子いたけど、ベンチに入ってたな(笑))大変だったという思い出話をした。あの時の野球部の話になるといつもこの話になる。今の周中野球部は 17人もいるそうだ。

羨ましい。みどり中は・・・(^^;

ところで、駅にはたくさんの中学生や高校生がいたが、不機嫌そうに歩いてる子も、派手な女の子も、おとなしそうな子も、皆、こちらから「こんにちわ」と声をかけると必ず「こんにちわ」と返してくれる。
子供の方から挨拶しなきゃ・・・と思う人もいるだろうが、まあ、いいじゃないか。声をかければ応えてくれるんだから、大人の方から積極的に声をかけようよ。(まあ、最近は挨拶しただけでも「声かけ事案」になってしまうというリスクもあるが(^^;)

そうそう。一緒にパトロールした若いお巡りさんが、「そお小学校の子は素晴らしいですね。祖生の駐在所の手伝いに行くと、かならず帰宅中の子が『ただいま帰りました』と挨拶をしてくれます。あの『ただいま帰りました』って言葉も他であまり聞かないですね。良い言葉ですね」と褒めてくれた。嬉しい(笑)
昨日は最後のそお小学校三世代交流会。
いや、交流会自体は今後も続いていくが、俺が「飯炊き」として参加するのは最後ということだ。

今年度、長女が卒業したら、長男坊の時から途切れることなく14年間続いてきた小学校の保護者生活も終了する。
今年が最後のお務め。

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俺は今年も餅つき用の餅米を蒸らす係をした。
朝8時からと聞いていたのだが、Raspberry pi のインストールとかしてたら10分ほど遅れた。すでに数人のお父さんたちが薪に火をつけようとしている。俺もキャンプでの焚火技術を駆使してすぐに参加(笑)

「今日はカメムシみたいなラーメン食わないの?」と声がかかる。
数年前、仕事で広島に泊まり、朝帰りしてすぐに「飯炊き」に参加したことがある。
朝飯を食う暇も無かったので、パクチー入りのフォーのインスタント麺を持って行き、餅米を蒸らすために釜の中でぐつぐつ沸騰させたお湯で作って食べた。そのことを言っているのだ(^^;;
祖生の人間にとって、パクチーの香りは便所の裏に生える便所草の臭い以外の何者でもない(笑)。強く記憶に刻みつけてしまったようだ(笑)

しかし、こうして気のおけない保護者仲間と軽口を叩きながらのんびり餅米を蒸らすことも無くなると思うと少し寂しい。ま、だからと言って、来年以降も手伝いになんてことはないけれど(笑)

今年の交流会は初めて日曜日に行われた。毎年土曜日だったのだが、何かの行事と重なったのか、日曜日の方が参加しやすい人がいるからか、理由はよく知らないのだけど。

ただ、いつもより参加してくれた地域の人は多かったような。
他の人も同じようなことを言っていたので、実際、多かったんじゃないかな?
娘が最後の年にいつも以上に賑やかな会になったのなら嬉しいことだ。

次に会に参加するのは、孫が小学校に入学した時か。
果たしてそんな日が来るのかどうかわからんけど(笑)
今年の「高森みどり中学・高森高校合祭 文化の部」では、初めてステージ上で中学代表と高校代表のチームによる「俳句甲子園」のデモンストレーションが行われた。 

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俳句甲子園というのがあるのは知っていた。
両チームが変わりばんこに句を詠んで、相手チームがその句に関する質問を投げつけ、句を詠んだチームはちゃとそれに答える。で、どっちの言い分が的を得ているかで勝敗がつく・・・という感じなのもボンヤリ知っていた。

しかし、初めて(中学生と高校生で戦うデモンストレーションだったんだけど)その戦いを目の当たりにした感想。

迫力あるぅ(笑)

まず、最初の質問は定番で「その句の景を説明してください」から始まる。景(けい)は、その句を詠んだときの情景、背景などの意味だろうか。

それに対して、「この句は、カラフルなマーカーで彩られた夏休みの楽しい思い出の書かれた日記帳を見て、夏の終りを感じたという・・・」みたいな説明をする。ここから本当の戦いがスタートだ。

「この句から、私にはそういう情景は浮かびません。こういう意味だと思いました。どう思われますか?」「他に適切な季語があると思います。こちらの季語の方がよくありませんか?」「そこは『○○に』ではなく『○○は』の方がより情景が浮かびやすいと思いますがどうですか?」みたいな応酬が始まる。

「確かに相手の言うことのほうが正しいな」と審査員が思ったり、質問に対する回答がしどろもどろになったりすると負ける。

審査は、審査員4名と観客を1名と換算した5名で行われる。観客には赤と白の紙が配られた。勝ったと思う方のチームの色を上げるのだ。
3回の勝負のうち、実に2回で審査員の評価が割れ、勝負は観客の評価に委ねられた。2回とも、俺の評価は逆張り(負けた方の紙を上げた)だった(笑)
俺の感性、どうも世の中と違うようである・・・(^^;

結局勝負は高校生チームが勝ったが、中学生もまったく引けをとっていなかった。将来が楽しみだ。

ニュースにもなっていたが、今年の俳句甲子園山口県予選では、この日ステージに上がった「高森高校Bチーム」が、王者「徳山高校Aチーム」(昨年の全国大会優勝校)を破るという大健闘を見せた。
そのチームをあたふたさせるような戦いを見せたこの中学生チームが、高校生になったときには全国大会に行けるんじゃないかな?

そうそう。高森高校での俳句指導は、うちの近所のUシゲさんが行われている(この日、審査員もされていた)。ありがとうございます!ぜひこの子達を全国大会へ!
昨日は高森みどり中学校・高森高校の「合祭 文化の部」であった。いわゆる文化祭である。

息子たちのクラスは焼きそばの屋台をやるというので覗いてみた。

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焼きそば作りのノウハウを学ぶために息子と友人で玖珂の夏祭り(土曜夜市)のときに焼きそばの屋台で手伝いをしたんだけど、その成果が出ていて(?)なかなか美味かった。

俺、ソース臭い焼きそばって駄目で、だから屋台の焼きそばもあんまり得意じゃなかったんだけど、息子たちの作った焼きそばは美味かったなあ。ソースも、玖珂夏祭りで手伝った屋台の人に教えてもらったものだそうで、ということは、その夏祭りの屋台も美味いってことだな。

来年は、ちょっと玖珂の夏祭りにも行ってみるか。(今年は息子たちの手伝いっぷりも見に行かず、友人と岩国に飲みに出ていた(笑))

そういえば、息子が中学生のときに、カヌー部&カヌー同好会で活動費を稼ぐために「高森食肉フェア」に焼きそばの屋台を出していたけど、あの焼きそばも無茶苦茶美味かったなあ。

焼きそばが美味いのは高森高校の新しい伝統か(笑)
土曜日の高森高校グラウンド清掃に引き続き、日曜日はそお小学校のグラウンド清掃。グラウンド清掃に明け暮れた週末だ(笑)

俺は草刈り機で、草捨て場(仮名)の周りと、西側のフェンス際、あと校門のところの庭(?)の中の草刈りをした。

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土曜日の高森高校での草刈りで(日頃、マウスを右から左に動かすだけの仕事しかしてないので(^^;)俺は筋肉痛になっており、草刈りスタート時から腰や肩が痛かった(^^;
まあ、小学校のグラウンド清掃に参加することももう無いと思って頑張ったのだが、よく考えたら、5月の運動会の前にあったな、小学校のグラウンドの草刈り(^^;。今度は保護者としてではなく、「地元のおじさん」として参加せんといかん(^^;

そういう身体がやばい状況なのに、「入り口のガラス(高い脚立に乗っての作業)はいつも保護者の方が行われているということなので、今年もよろしくお願いします」と最初に校長から話があったというのに、誰も正面玄関のガラスを掃除しとらんことに気づく(^^;

まあ、「いつも保護者の方が」の保護者は実はCバタ君と俺なんだけど(笑)、なので、俺かCバタ君がやらなきゃ誰もやらんわな(^^;

「これでシノダさんが落ちて大怪我したら、来年から清掃作業ってなくなるんじゃないん?」と、明らかに何らかの期待に満ちた視線で脚立を見つめるママさんたち・・・という恐怖と戦いながら、無事 6枚、表裏の清掃終了。
あ、さすがに窓掃除はこれで最後、卒業だな。5月の清掃はグラウンドだけなんで。あとはCバタ君にすべてを託して、老兵は去るのみである。

そうそう。日曜日も土曜日同様、草刈り機を後ろの荷台におっ立てて(デッキバンは荷台が狭いんで草刈機を横に置けんのよ)、ZAT のラビットパンダスタイルで学校に行ったんだけど、帰りはSナカ君が軽トラに乗せて帰ってくれた(笑)。ありがたい。

これで、6月の懇親会で俺の「新政 瑠璃 (ラピスラズリ) 」をぶちまけた粗相はチャラや(笑)

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